2022.09.08 | White Paper
サマリー
日本企業における課題と機会: 日本企業は古くから長期主義 (long-termism) 的な考え方で知られ、ステークホルダーを重視することをミッションとして掲げながら事業を運営してきた。実際に、世界の創業100年以上の企業のうち、40%以上が日本企業とされる[1]。また日本政府も様々なインセンティブや規制を通じて企業・金融機関のESGの取り組みを促進しており、日本はESGの転換点を迎えていると言える。
- 環境 (Environment): 日本政府は、2050 年のカーボンニュートラル実現を宣言し、この野心的な目標を達成するための一連の産業政策として「グリーン成長戦略」を打ち出した。この宣言は日本のNDC (Nationally Determined Contribution、国が決定する貢献)にも反映され、日本が2030年までに平均年率4%、2030年から2050年の間に平均年率14.6%の温室効果ガス排出削減の達成を目指すことを意味している[2]。しかし、これまでの温暖化ガス削減は目標実現に必要な水準に達していない。また日本は、電気自動車への移行が遅れていることや、石炭火力発電所の (非効率なものに留まらない) 段階的廃止に向けたコミットメントができていないことなどの難しい課題も見られ、原子力発電所の再稼働の問題を抱えながらエネルギーの安定確保と脱炭素化を同時に推進するという難題に直面している。日本は大企業を中心に、政府目標や東京証券取引所のルールに基づき気候変動への取り組みを積極的に開示しているが、投資家は企業のコミットメントが実現可能かつ実質的な効果を持つ行動につながるかどうかを慎重に見極める必要がある。
- 社会 (Social): 日本社会が抱える最大の課題のひとつは人口の減少と高齢化である。日本企業は人的資本への依存度が高い企業が多く、このような社会環境の中で人的資本開発への対応の重要性が一層高まる。また、労働力、特に企業の管理職や取締役層でのジェンダー・ダイバーシティも、今後の成長に向けてまだ手を付けられていない重要な課題である。政府は当初、指導的地位にある女性の割合を2020年までに30%にするという目標を掲げていたが、この目標は「2020年代のできるだけ早い時期」に延期された。またOECD調査によると日本の男女賃金格差は20%以上あり、OECD諸国の中でも非常に大きい部類に入る[3]。日本企業は社会観点の様々な取り組みで他国企業に先行しているとされているが、将来の人的資本への投資は今後も継続していく必要がある。
- ガバナンス (Governance): 日本企業のガバナンスへの取り組みは一般的にグローバル企業に比べて遅れている。社外取締役が取締役の過半数を占めていないことが多く、政策保有株式の問題も残っている。グローバル企業に比べて低い日本企業のROEも、適切なガバナンスの欠如が要因の一つとして指摘されることが多い。そのような中、2014年に導入され2017年に改訂された日本版スチュワードシップ・コードや2021年のコーポレートガバナンス・コードの改訂により、日本でもコーポレートガバナンス水準向上の取り組みが進んでいる。また今後は戦略や企業価値向上と整合したサステナビリティへの包括的な取り組みを促進に向けて、取締役会に報告するサステナビリティ委員会の設置や、ESGのパフォーマンスの役員報酬への反映などの重要性が高まると考えられる。
日本の中小企業におけるESG: 日本の上場企業の8割以上[4]を占める中小企業には、ESGの投資とインパクトの更なる成長余地と機会が豊富に存在している。日本の中小企業の多くはESGの重要性を認識して取り組みを始めた段階にあり、今後ESGパフォーマンスを大きく向上させていく可能性がある。また、中小企業は動きが早く、投資家がエンゲージメントによってより大きな影響を与えることができると考えられる。中小企業はESGの内部リソースや専門知識が不足していることや、投資家を含むステークホルダーへのESGに関する効果的なコミュニケーションに苦慮していることも多いが、ESGの高い専門性を有する投資家は、まさしくそれらの観点でエンゲージメントを通じて中小企業のESGと財務のパフォーマンス向上に向けた重要な役割を果たすことができる。
日本の金融機関によるESG投資の状況: 日本の金融機関はESGやサステナビリティの取り組みを深めているさなかにあり、その動きを加速化させつつある。日本におけるESG投資は年々拡大し、ESG投資を含むサステナブル投資は現在日本の運用資産総額の24%にあたる[5]。年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF) は、ESG活動報告の中で「GPIFは、運用プロセス全体を通じ、ESGを考慮した投資を推進しています」と述べている。そのような中、日本の金融庁は早くも「グリーンウォッシュ」への懸念を示し始めている。金融庁の調査ではESGファンドを保有する大手資産運用会社37社のほぼ3分の1がESGの専門家や専門チームを持っていないことが指摘された[6]。企業や政府だけでなく金融機関や投資家も、より高度な専門知識をもって、より意味のある形で、サステナビリティのポジティブな影響の持続的な拡大に向けて深く企業と向き合うことが求められていく。