人的資本とダイバーシティ経営

July 31, 2023

▼セミナーレポート「人的資本とダイバーシティ経営」

先日、第二地銀協会様で弊社Co-CEO小木曽が講演をさせていただきました。以下はその講演内容の要約となっています。

テーマは「人的資本とダイバーシティ経営」。前半で「人的資本」について、後半で人的資本と「多様性」がどのようにつながるかをお話させていただきました。

前半:「人的資本」とは何か

昨年から「人的資本」という考え方が急速に広まり、2022年は「人的資本・無形資産改革元年」と言われます。この背景には、政府が推し進めたということに加え、投資家からの圧力があったということも無視できません。実際に欧米では日本よりずっと厳しい、人的資本と多様性に関する開示要請が存在します。

実際、ESGのうちS(Social)、人的資本活用は、株価のパフォーマンスに大きな影響をもたらす要素となっています。グローバルの資本市場で、40%くらいのファンドが何等かの形でESGを意識したものになっていますが、一般的にESGファンドへの組入比率は、欧米株に比べて日本株がとても低くなっています。その一因にはESGのSの対応の遅れもあると言われています。

日本企業の人的資本開示における課題の中で大きいのは「人的資本について説明が充分にできていない」ということです。日本はリーマンショックの時にも欧米にくらべて人を解雇しなかったですし、従業員を大切にしていると言えるでしょう。しかし、自社の人材戦略をロジカルに説明していないケースが非常に多いのです。そのため株価にも人的資本価値が反映されていないとされています。開示すべき内容は、従業員エンゲージメント、新技術(デジタル化、脱炭素化等)に対応する人材をどう確保するか、外部人材の登用等さまざまです。

人的資本開示に求められるものは何でしょうか。そのためにはまず「人的資本」という言葉を理解する必要があります。1990年代は人的資本ではなく「人的資源」という言葉が使われていました。「資源」は使えば減ってしまいます。一方「資本」は投資の対象です。「人」を「資本」と位置付けて、人的投資(教育、研修等)をすることによって能力を磨き、収益に貢献するものととらえるのが「人的資本」の考え方です。

人的資本開示には様々なものがありますが、従来は「リスクマネジメント」の観点で、コンプライアンス、労働慣行、安全などととらえられてきました。現在はそれに加え、「価値向上」の観点が重要になり、人材育成、エンゲージメント、流動性、ダイバーシティなどの開示が求められています。

ここで大切なのが、ただ単に数字等を開示するのではなく、中長期の経営戦略と人材戦略をきちんと結びつけて開示するということです。ストーリーをもって経営戦略の一環として人材戦略を説明する、そういうことが求められています。人材育成に関する開示基準は様々で(ISO、WEF、SASB、GRIなど)統一されていません。投資家が求めているのは、どれかの基準に則った開示ではなく、経営戦略のストーリーの一環としての人材戦略なのです。

後半:人的資本と「多様性」のつながり

ここからは人的資本開示でなぜ「多様性」が大切になっているのかというお話になります。

まず、投資家は人的資本開示のうち「多様性」に関する方針、つまり経営目標とからめたストーリーの開示を一番重要視しているということがあります。これは企業側が人的資本関係のKPIを最重要視していることと、乖離しています。EUや米国でも多様性、ジェンダーに限らず人種等の多様性に関する開示の要請が高まっています。

なぜ投資家は多様性を重要視するのでしょうか。

二つの理由があります。一つ目は人権的な観点です。科学的なテストでは男女の能力差がないことが証明されており、男女で賃金格差など、差をつけることが人権リスクとなりうるからです。二つ目は経済的観点です。多様性、Diversity and Inclusionが進んでいる会社のほうが収益性が高い傾向にあります。多様性がイノベーションの源泉となっているのです。さらに消費者や従業員の価値観も多様性を受け入れる方向に大きく変化してきています。

多様性を軸とした人的資本経営とは、まず人的資本=人の持つ能力やスキルを「資本」ととらえることから始まります。あらゆる「資本」を活かすような人事改革や人事施策を行うということです。従来、チームのパフォーマンスは、どれくらい高い能力の個人を集めるかに左右されると考えられていました。今は、チームのパフォーマンスは個の総和ではなく、どんな人的「資産」があるかによって左右されると考えられています。つまり、多様な個人がいたほうがその個人が保有する「資産」も幅広く、高いパフォーマンスに帰結します。つまり、全く違う視点を持っている、というだけでバリューとなるのです。このような考えのもと、今後は人事戦略の根幹に「多様性」を組み込むことが必要になってきます。

コンサル会社などによる様々な調査により多様性と企業のパフォーマンスには「関連がある」ということが示されています。FTSE350企業に対する調査では、経営層の多様性が進んでいる企業は将来の財務パフォーマンスでプラスの影響を受けるという事実がある一方、正しくマネージメントせず、むりやりダイバーシティのみを勧めた場合には、短期的にも長期的にもマイナスの影響を及ぼすという結果になりました。つまり、経営陣が「腹落ちしていない」状態でダイバーシティを推し進めるといい結果にはならないということです。

それでは、多様性とは何でしょうか。

多様性には二種類あり、デモグラフィ的(表層的)ダイバーシティと、認知的(深層型)ダイバーシティです。前者は個々が生まれながらに持っている、男女、人種、年齢、障がいなどの自分ではコントロールできないダイバーシティです。後者は、ものの見方や考え方の多様性で、環境や時間の経過などで変化するダイバーシティです。両者の関連性は高く、通常デモグラフィ的多様性が高いと認知的多様性も高くなります。

そういう意味でも、日本においてはジェンダーの多様性を高めることが、両方の多様性を高めることにつながり、ダイバーシティ経営の基本となるわけです。

このようにDE&I(Diversity, Equity and Inclusion)の推進の基本として、ジェンダー平等があり、その先に女性活躍推進があります。日本の場合、最初に「女性活躍推進」が謳われてしまったため、ちぐはぐなことになってしまいましたが、ジェンダー平等が基本にあり、その先に女性活躍があるのです。

ちなみに、DE&IのEquityはEqualityの異なった概念となります。Equality(平等)はすべての人に同じものを与えるということですが、Equity(公正)は、それぞれの状況により合わせ、全ての人が最大限の能力を発揮できる様により必要な人により与えるという考え方です。ダイバーシティを推進するためにこのEquityの概念は大切になります。

ダイバーシティを推進するにあたり、人には誰しも「無意識の偏見」があることを認識しておくことが大切です。自分では気づいていないため、無意識の差別につながる可能性があります。ひとつは評価にたいする無意識の偏見。一般的に人は同性に対して異性よりも高い評価を下す傾向があります。つぎに女性自身がもつ無意識の偏見。一般的に女性はセルフコンフィデンスが低い傾向があります。そのためジェンダー平等を推進するには女性の背中を押す、ということが非常に重要になるのです。

偏見は一方で、思考のプロセスを省略して判断を早めるという面もあり、一概に悪いものというわけではありません。しかし、ジェンダー平等を進める上では障害になる可能性があるということを知っておく必要があるでしょう。

多様性を推進するためには、同質のグループで居心地よくやっているという環境を壊すことにつながるので不愉快なこともあります。しかし異質な人が集まったグループのほうがパフォーマンスが高いというのもまた事実なのです。居心地のいい「コンフォートゾーン」から出ないと、イノベーションは起こりにくいのです。

ジェンダー平等とは「個の能力を最大限に引き出す」=「収益」と「人権」両方に配慮した人的資本経営の基盤なのです。効果的なDE&I施策は会社によって違います。まずは社内で多様性のデータを取得し、分析して、その企業ごとの「効果的なポイント」を探ることが何よりも必要となっています。(文責:SDGインパクトジャパン ディレクター 藤村真紀子)

▼SIJの活動状況・ニュース

7/11、7/18:オンラインセミナー「企業価値向上のための人的資本」シリーズの開催

人的資本理論の第一人者であり、人的資本理論でノーベル経済学賞を受賞された故ベッカー教授に師事された 一橋大学大学院経営管理研究科の小野 浩教授をお迎えし、2回に渡り人的資本の理論から経営的な実践について講義をいただきました。2回のシリーズ講演を通じてミクロ編・マクロ編と人的資本理論の企業個別の応用、日本経済を俯瞰した議論を通じて、企業が人的資本に継続して投資をする意義について理解を深めました。多数の方に2回とも出席いただき本トピックの関心の高さが伺えました。

7/25:「AgFunder x JETRO ジャパン・アグリ・フードテック・ミートアップ2023」の開催

AgFunderと日本貿易振興機構(JETRO)がホストとなり、弊社SDGインパクトジャパンが運営主体となり、国内・海外のアグリ・フードテックに関わるプレイヤーが集うミートアップイベントが7/25(火)新丸ビルカンファレンススクエアにて開催されました。

日本・海外のスタートアップや、日本の大手食品・飲料メーカーの担当者、VC・金融機関、行政などアグリ・フードテックに取り組む100名以上の方々にご参加いただきました。ピッチイベントでは以下のスタートアップ6社が登壇しました。大賞はファーメランタ株式会社、アサヒクオリティアンドイノベーションズ賞にジカンテクノ株式会社、明治ホールディングス賞に株式会社エンドファイトが選ばれました。

(↑ジャパン・アグリ・フードテック・ミートアップ2023 大賞 :ファーメランタ社)

▼そのほかのニュースはこちら

https://sdgimpactjapan.com/jp/news/

Wataru Baba

Senior Fellow, Climate and Sustainability at Panasonic Group since 2022, where he accelerated the company’s growth through an integrated strategy for creating positive impact on climate change and established Sustainability Committee, chaired by the Group CEO. Board Member of Japan Professional Football League (J.League) and Independent Director for a civic technology nonprofit, Code for Japan, and a web3 startup, Financie, Inc