株式会社SDGインパクトジャパン(以下、SIJ)はfermata株式会社(以下、フェルマータ)と共催で、フェムテックに関心を寄せるビジネスパーソン向けに7月4日、『国内外の市場動向・事業事例から読み解く、フェムテック市場のモメンタムとポテンシャル』と題したイベントを開催しました。
イベント前半では、フェルマータの代表取締役CEOで公衆衛生博士でもある杉本 亜美奈 氏(以下、Amina)とSIJのジェンダーインパクト投資の企画を務める増渕 翔 氏が登壇し、フェムテックの概要と現在地、今後の展望を解説。後半では、『日本のフェムテック市場を加速させるために必要な連携・施策とは何か?』をテーマに、参加者を交えて討論しました。
登壇者
fermata株式会社
杉本 亜美奈 氏
代表取締役CEO 公衆衛生博士,
東京大学修士号、London School of Hygiene & Tropical Medicine (英) 公衆衛生博士号取得。福島第一原子力発電所事故による被災者の内外被曝及び健康管理の研究を行い、東京電力福島原子力発電所事故 調査委員会(国会事故調)のメンバーでもある。日本医療政策機構にて、世界認知症審議会 ( World Dementia Council ) の日本誘致を担当。厚生労働省のヤングプロフェショナルメンバーにも選ばれ、「グローバル・ヘルスの体制強化:G7伊勢志摩サミット・神戸保健大臣会合への提言書」の執筆に関わる。近年、Mistletoe 株式会社に参画。また、元 evernote CEOのPhil Libin 氏が率いる AIスタートアップスタジオ All Turtlesの元メンバーでもある。
【株式会社SDGインパクトジャパンの概要】
増渕 翔
大学在学中に教育分野で起業(PBL・アクティブラーニング型教材の開発)。
卒業後はベンチャー企業を経て株式会社グロービスに入社。シードステージのスタートアップ向けアクセラテータプログラムの立ち上げ・運営に従事。
2021年よりグロービス・キャピタル・パートナーズにて投資関連業務に従事。慶應義塾大学総合政策学部卒。
女性の健康課題による経済損失、潜在ニーズ合わせると4.5兆円
杉本氏:「フェムテック」という言葉ができたのは2016年頃で、私たちフェルマータが2019年に初めて日本にその言葉を紹介しました。日本のフェムテック市場ではフェムケア商品への特化が見られますが、本質的なフェムテック市場は女性特有の健康課題だけにとどまらず、女性に出やすい症状や罹患率が高い傾向にある疾患などの健康課題をテクノロジーの力で可視化し、解決するために生まれる製品やサービスも含まれる市場とご理解ください。
最近になって経済産業省から女性の健康課題が日本社会に及ぼす経済損失について「3.4兆円」という数字が出されました。しかし2019年当初はまだ、女性の健康課題に取り組まないことがどれほどの経済損失に繋がるのかを国も把握していない状態でした。
さらに3.4兆円という数字が出されたものの、フェムテックのシードのマーケットはあくまで「可視化されている健康課題」へのソリューションを提供しているにすぎません。未だ可視化されていない潜在的な課題に起因する経済損失も合わせると、そのインパクトはさらに拡大する可能性がある領域だと言えるでしょう。
ジェンダーギャップを背景に生まれた「フェムテック」という言葉
Amina:グローバルなフェムテック市場の成長率はおおよそ8.8~14%と言われています。医療機器の市場成長率が5.5%ぐらいですので、それに比べてかなりの成長率が期待されていると言えるでしょう。市場規模は100兆~150兆円という数字も出ています。
ただ、ベンチャー投資の世界は圧倒的に男性が主体です。世界では「女性だけで設立された企業がベンチャーキャピタルから手にした調達額の割合」は3%未満、日本でも「資金調達上位50社のうち創業者か社長に女性が含まれる企業が手にした調達額の割合」は2%にとどまっています。また、世界の医療研究業界におけるジェンダーギャップも大きく、「医学研究資金のうち妊娠、出産、女性の生殖健康に費やされる割合」は2%にすぎません。
このようなジェンダーギャップがある中、「女性の健康課題を解決する製品・サービスにニーズがある、ビジネスの可能性がある」ことを示すために生まれた言葉が「Femtech(フェムテック)」でした。
2023年にノーベル経済学賞を受賞したハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授は、米国の女性の生年ごとにグループ分けして、「家庭、仕事、キャリアをどのように選択する傾向があるか」を表しました。ここで言う「仕事」は、生活の必要性に迫られてする仕事、「キャリア」は自己の成長のための選択と考えるとよいでしょう。教授は、生年1958年以降の第5グループはキャリアも家庭も選択できる女性が増えてきていて、生年1978年以降の第6グループはどんな選択をするだろうと問いかけています。
これを日本に当てはめたとき、私はまだ日本は第6グループまでたどり着いていないと思うのです。しかし私たちの選択肢や生き方は確実に変化してきている。そのギャップを埋めるために、フェムテックが必要とされているのではないでしょうか。
こうした背景のもと、日本でも「フェムテック」という言葉が認知され始めたのだと思います。ただ一方で、フェムケアが中心で「テック」が浸透していないという点が、日本でフェムテック領域のバリエーションを感覚的に停滞させる要因になっているとも思います。
医療とテックのマッチングが課題
増渕:フェムケア商品が流行ったことは良かったと思います。そこにテクノロジーをどう掛け合わせていくかを考えると、フェムテックへの資金供給がまだ不十分です。グローバルで見ると2024年時点で約15件のIPOと約150件のM&Aが出ていて、スタートアップから社会に対してインパクトを生む企業へと成長しています。一方、日本ではフェムケア商品にとどまっているがゆえに、スケール感がない状態。グローバル同様、日本でもフェムテックへの投資が必要であると見ています。
日本のスタートアップも海外のスタートアップも、企業家の能力にはあまり差がないように感じていますが、このスケール感の違いはどこに起因しているのでしょうか?
Amina:いくつか要因はあると思いますが、日本はヘルステック領域にあまり強くないということが挙げられます。国民皆保険なので病院を受診しても費用はそう高くなりませんし、遠隔で受診するより直接行ったほうが安いし、早い。他にも理由はありますが、現行のヘルスシステムも医療のデジタル化があまり進まない要因だと私は思います。
とりわけ産婦人科のクリニックは現在、日本国内に2500軒ほどですが、年間約5%のペースで減少しています。歯科医院の6万軒などと比べて競争がほぼない。そうした状況下で、産婦人科の医師がオンライン診療に乗り出して差別化を図ろうという発想にはなかなかなりません。
一方、産婦人科へのニーズは以前の産科にかかる世代のニーズから、更年期も含むその後の世代へと寄ってきています。そこには確実な市場があり、自由診療が伸びています。現在、産婦人科の収入の65~70%が自由診療になっているほど。このようにニーズはありつつも、医療業界とテック業界のマッチングがうまくいっていないためにニーズが満たされない。産婦人科のデジタル化が進まず、フェムテックを導入できない状態なのです。これを変えるには、医学の専門家や医師がフェムテック領域に入ってこなくてはいけないと思います。
増渕:フェルマータさんをはじめフェムテック領域を開拓してきてくださった方々の影響もあり、医療現場の感覚に変化が生まれてきていると感じます。行政においても、不妊治療の保険適用やピル処方に関する規制緩和、オンライン診療の規制緩和も進んでいるところです。
日本でも実は、オンライン診療系のサービスが台頭してきています。例えば、胎児モニタリングサービスを提供しているメロディ・インターナショナル株式会社さん。IoTデバイスを使って自宅でも胎児の状況が見えて、病院側からもアクセスできるサービスです。
社会的な雰囲気の変化とともに行政も人も変わり始めている、まさに今こそ、フェムテックというテーマに目を向けるべきタイミングであると感じています。
Emergence of femtech-specific VC and femtech IoT
フェムテック特化型VCの登場
増渕:海外のフェムテックを取り巻く状況に目を向けると、フェムテックというテーマに特化して投資をするベンチャーキャピタル(VC)が登場しています。
昨今、VCファンドは大型化が進んできていて、ユニコーンと呼ばれるような企業に投資するファンドが増えています。一方で、規模を追うだけでなく社会的インパクトのあるテーマやニッチなテーマに特化して投資する特化型のファンドも増えてきています。
2010年代後半くらいから、テーマ特化型のファンドとして女性のヘルスケアやウェルビーイングにフォーカスして投資するファンドが登場してきました。私たちが認識しているだけでも10個ほど、そのようなファンドが生まれています。外形的な情報のみでファンドの状況を正確に把握することは困難ですが、ファンドレイズの動向を見ていると幾つかのファンドは順調に見受けられます。
Amina:アメリカのジェンダー特化型ファンドは、リターン目的のファンドでありながらもファミリーオフィス、財団などから資金調達してきている点が特徴的ですね。RH Capitalはその好例です。
増渕:RH Capital、PORTFOLIA辺りはぜひ参考にしてみてください。特化型VCの投資先を見ていただくと、彼らがどういったテーマに着目して投資しているか、参考になる情報が多いです。
日本のフェムテック市場を加速させるには?(討論)
杉本氏:私はとにかくアクセスが課題だと感じています。女性の健康課題、女性活躍推進の必要性は企業も行政も認識してきましたが、実際に製品・サービスにアクセスできない、モノが届かないというのが日本の課題です。
この課題を超えるには、消費者、研究者、行政、投資、多方面のプレイヤーが必要で、ひとつにフォーカスしてもうまくいきません。
私たちはこの4年間、著名人やインフルエンサー、学校教員の学会ともつながりながら、どうにか市場を作ってきました。メディアにも働きかけてきました。ところが物を出そうとしても、規制が厳しくてほとんどの商品・サービスが導入できないという状態でした。日本の薬事周りは、比較的消費者が利用しやすいように作られています。ところが女性の健康に関するニーズが把握されない状態で作られているがために、フェムテックを医療機器として導入することを想定したルールになっていないのが現状です。
規制を変えるには医療の専門家に関心を持ってもらうことも重要なので、産婦人科学会の先生にフェムテックをご紹介したところ、幸い興味を持っていただき、そこから動きが出始めたという手応えがありました。欧米の大使館との意見交換の機会を設けるなど、行政を動かす活動もしています。
また、VC投資家向けのイベントで、投資家が「フェムテックにはニーズがある、市場性がある」と実感できるようなワークショップも実施しました。フェムテックをとりまく熱量を感じていただいた投資家さんは、前のめり感が全然違います。
Amina:「フェムテック」を流行り言葉で終わらせずに、投資すべきテーマだと感じていただくには、LP投資家とのコラボレーションでこのテーマを盛り上げることが重要だと考えています。 新規事業なり、M&Aを増やしていきたいファンドとLP投資家との出会いなり、LP投資家とVCファンドとのコラボレーションによって、スタートアップの知見の交換、協業の機会創出、さらにはその先の未来のデザインまで共に描くこともできそうです。加えて、VCとしては、インパクトとリターンを出せる適切なサイズのファンドをしっかり作っていくべきと考えています。
参加者:日本におけるフェムテック、フェムケア商品のユーザーが見えにくいと感じています。ユーザーという点において、日本とアメリカとの違いはどこにあるのでしょうか?
増渕:一般的には、日本は国民皆保険で「予防医療に投資する」というインセンティブが低く、欧米は予防医療に対するユーザーの支出も感度も高いと言えます。
一方で、日本においては病院というチャネルを活かしたサービスはかなりポテンシャルがあります。例えば吸水ショーツひとつとっても、小売店で棚に並んでいてもあまり買われないけれど、病院や医師に勧められたら購買感度が上がる。欧米と比べて「予防」「メンタルヘルス」といったことへの意識は低い一方で、病院に対する信頼は高いので、病院を介して知ったものへの投資は大きいと見ています。
Amina:私はやはり、規制の違いが最大の違いだと思います。現在の規制を前提とした既得権益みたいなものが新たな市場の広がりを阻んでいる側面があります。例えば、先述した産婦人科の収入源の65~70%が自由診療という現状に対しても、そこにアクセスできる人は日本全国の女性の一部でしかなく、大半の人は自由診療の医療サービスを受けられないというギャップがあります。
このギャップを埋める何かがシステムとして生まれてきたときに市場が動くのですが、医療者側も行政側もまだ既存のシステムを前提に動いています。しかし女性の生活が変わってきて、そこに生まれたひずみが顕在化したとき、既得権益よりも新たな市場が大きくなり、それに伴い行政も動き始める。現在の日本では、このひずみが見えにくいことが一番の課題であって、見えてくればポジティブな動きが生まれてくると思います。
増渕:不妊治療の領域では、亜美奈さん(杉本氏)のおっしゃった仮説が実証され始めていますね。
Amina:いろいろな変化が起きていても、医療者、行政といったシステム側が追いついていない問題があります。そして「追いついていない」状況を変えるには、そこに資本が入っていき、それぞれの課題解決につながるサービスが取り入れられることが重要です。
増渕:規制が変われば現場では新たな機会・課題が生まれ、そこに新たなマーケットの創造に繋がります。そして、そこにいち早く挑戦を仕掛けるのがスタートアップです。
実際、制度のアップデートがなされた不妊治療の領域において、いくつかの不妊治療のスタートアップがクリニックのDXに取り組まれています。新たなマーケットの担い手としてのスタートアップを、事業会社やVCがいかに支えられるか。これも重要ですね。
Amina:コミュニティ力やユーザーとの接点という意味では、圧倒的に大企業に強みがあります。スタートアップがある程度の段階に到達したら、そこに対して大企業がネットワークやリソースを投入することでスケールアップする。これからの5年、10年で訪れる変化のポイントはそこだろうと思います。そして投資家目線で申し上げると、フェムテックへの評価が落ち着いてきたここ1~2年くらいが買い時だと思います。
参加者:企業がCVCとして投資する際、フェムテックを含むヘルスケア領域に関しては「判断ポイントが分からない(スタートアップの目利きの仕方が分からない)」「(3年以内の)短期間で結果が出ない」という2点が投資を躊躇させるのではないかと思います。
増渕:VCへの出資を通じたマーケットの動向把握・具体的なスタートアップに関する情報収集は一つの手だと思います。ファンドマネージャーも材料を提供しますしファンドに出資をするLP投資家同士のコミュニティでグローバルトレンドの分析や情報交換、意見交換も生まれます。
また、フェムテックは女性向けのサービスであり、どんな事業でもどんな企業でも女性のお客様や従業員がいるということを考えると、何かしら関わりを持ち続けるテーマのひとつだと思います。例えば、福利厚生という文脈でフェムテックのサービスを導入することで離職率が抑えられるとか、従業員の満足度が上がるとか、そういった中期的な指標を設けることで、投資の結果をレポーティングすることは可能だと考えています。
参加者:意思決定の主体が男性だと、なかなか自分事として捉えられずに投資がなされないという側面もあると感じています。
Amina:グローバルでは、例えば「Clue」のイダ・ティンに初めて投資した男性投資家が、業界において「かっこいい」と認知される有名人になっています。女性参加もさることながら、女性の健康課題に興味を持って取り組む男性が「かっこいい」というトレンドを作っていくことも大事ですね。
同じ女性でも人によって経験は異なりますし、課題に近すぎて逆にバイアスがかかってしまう面もあります。そういう意味では、ある程度距離があったほうが適切な目利きができるかもしれませんし、分からないときは私たちに聞いていただければ知見を共有できます。
いずれにせよ、お互いの性別を経験できなかったとしても、社会でどう生きていくかを考えたときにお互いの潜在ニーズに興味を持って「参加型」で作っていけたほうが良いでしょう。「かっこいい」投資家さんが増えるといいですね!
参加者の声(抜粋)
- フェムテック領域について勉強中の段階で、今回は市場全体を知るいい機会になりました。今後は男性の上司や経営層とも一緒になって理解を深めながら、事業を進めていきたいです。
- フェムテックの製品・サービスで知らないものがたくさんありました。自分自身も使ってみたいと思いましたし、もっと認知を広げていくことが大事だと感じました。
- 10年間VCの投資家をしています。6~7年前に米国でフェムテックを知ったときに「まだ先だな」と考えたことを今反省しています。今回参加して、そろそろフェムテックに舵を切らなくてはと感じました。
- 日本では人材採用マーケットが厳しくなっていく中、『働きやすい職場』として価値を発揮したい会社とフェムテックとが合わさると面白そうだと思いました。そういった海外の事例があればぜひお聞きしたいです。
- 経営者が変わってもフェムテックに関する取り組みを絶やさないようにするために、事業の中で、D&I文脈でも事業開発文脈でも、小さな費用でもいいのでフェムテックに振り向ける分を残しておかなくてはと思いました。
- D&I推進の立場から参加して思うのは、3年前に担当になってから今まで、不妊治療に対するスタンスが大きく変わったということです。本日勉強させていただいて、フェムテックに対する企業のスタンスも3年後にはまた大きく変わるだろうと感じました。